丹羽宇一郎 戦争の大問題 丹羽宇一郎 東洋経済新報社 2017/08/04

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from 日本海軍はなぜ滅び、海上自衛隊はなぜ蘇ったのか 是本信義 幻冬舎 2005/10 - いもづる読書日記

永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」 (文春新書) 早坂隆 文藝春秋 2015/06/19 - いもづる読書日記

 

 伊藤忠商事社長会長から民間出身初の中国大使を務めた著者の戦争論、安全保障論。戦争が経済活動の観点からも不合理であることが述べられる。本書の前半では、1939年生の著者が、第二次大戦経験の風化と社会の右傾化への危機感から、戦中派の方達への取材を経て、戦争を行うことの愚かさを語っている。石橋湛山の言葉が印象的だ。「要は我に資本ありや否やである。もしその資本がないならば、いかに世界が経済的に自由であっても、またいかなる広大なる領土を我が有していても、我は、そこに事業を起こせない。」(134ページ)とし、小日本主義を主張したそうである。また、真の安全保障政策は政治と外交であり、決して軍事を意味しない。最も重要な抑止力は政治家の質であると述べている。だからこそ旧陸軍皇道派のような輩の跋扈をゆるしてはいけないのだが。

熊取六人組――反原発を貫く研究者たち 細見周 岩波書店 2013/03/16

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 大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所(現複合原子力科学研究所)で研究に携わりながら、専門家の立場から原子力発電の危険性を喚起してきたいわゆる「熊取六人組」の記録。科学者というのはある意味まもられていなければ能力を発揮できない。例えば専門雑誌にアクセスできなければ正しい情報を得ることもできなければ、思考も進まない。六人組は出世をあきらめ?原発反対の立場を貫いたが、在野の活動家とはその立場は自ずと異なる。放射能はその問題の特殊性から、信頼できる2次情報源と冷静な議論が必要だが、そうしたプラットフォームの形成が必須であるが、反原発というタームで広瀬隆なんかと一緒にされてもこまるんだろうな。足尾鉱毒事件は「押出」という直接行動と田中正造というアイコンを得て歴史的事件となった。大きなうねりは人間の作為で作られるものではないのか?

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち J.D.ヴァンス 光文社 2017/03/15

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち - はてなキーワード

 

 ケンタッキーのヒルビリー(田舎者)だった祖父母を持ち、自らはオハイオのラストベルトで育った著者のメモワール。著者はここから脱出し、海兵隊に4年間従軍したのち、オハイオ州立大学、イェール大学のロースクールと出世し、現在は弁護士、投資会社社長。
 アパラチアと聞いて唯一思い出すのはカーター・ファミリーだ。なんとなくユートピア的なコミュニティを想像してしまうが、著者のケンタッキーの親戚たちはたいそうあくの強い開拓者の末裔だ。著者の祖父母はそこから脱出してオハイオで定職を得るが、"ヒルビリー"の彼らはなかなか地域社会に同化できない。また、家庭内暴力は遺伝病のように受け継がれ、特に著者の母親に悲劇的に現れてしまう。子供時代へのノスタルジアを基調とした湿り気のある文章は、やがて様々な矛盾を描き出す。本書はトランプブームの裏にあるラストベルトの白人労働者の複雑な感情を読み解くものとして関心を集めたらしいが、むしろ力点はヒルビリーにあり、オハイオ住民を代表するものとは言えないだろう。
 アメリカ人という特異な人々の実像はなかなか伝わってこない。アメリカの田舎には公正で誇り高い市民がいてそれがアメリカ社会の基盤をなしていると思うが、それがなぜここまでストレスの強い、未来の見えない社会を作ってしまうのかわからない。本書はとっかかりのひとつになるかもしれない。著者は自己抑制のたりないエスニシティに原因をもとめているようにも捉えられるが、どうなんだろう?民主党支持だった著者の祖父は一度だけ共和党の候補者、ロナルド・レーガンに投票したそうだ。「レーガンがそんなに好きだったわけじゃない。モンデールの野郎が大嫌いだったんだ。」(85ページ)。北部のとりつくろった人間に対する不信感。現在の著者はどちら側にいるのか(笑)。

 

一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教 (集英社新書) 内田樹, 中田考 集英社 2014/02/14

一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教 (集英社新書) - はてなキーワード

from 書物としての新約聖書 - はてなキーワード

 ユダヤ教に造詣の深い内田樹イスラーム学者にしてムスリム中田考氏の対談。2014年刊ということでシリア情勢など時事的な部分はやや古くなっている。ムスリムの行動様式やその背景を理解するには有用だが、カリフ制の復活といわれると困ってしまう。
 「ユダヤ教が自分たちはモーセの律法と考えているモーセ五書を重んじ、律法こそが、神が人類に下したメッセージであり従うべき生きる指針である、と考えていること自体は、イスラーム教徒の『クルアーン』に対する態度と似ています。(中略)キリスト教は、イエスその人が神の人類に対するメッセージ、神の言葉だと考えます。聖書は神の言葉というよりも神の言葉であるイエスに対する教会の証言でしかありません。だからキリスト教はイエスの伝記である福音書ギリシャ語で書き、オリジナルのアラム語のイエスの言葉を保存することにまったく興味を示さなかった」(74ページ)「またキリスト教ユダヤ戦争後。ギリシャ語を話すヘレニストが支配的になり、西方教会ラテン語公用語とすることにより、ヨーロッパ化していくことになると、この『ヨーロッパ化したユダヤ教』は、同じセム語族ヘブライ語アラビア語聖典を有するイスラームユダヤ教とは一線を画すようになります。」(75ページ)ふむ。うろ覚えだが、「書物としての新約聖書」には新約聖書成立時の地中海世界の公益民ではギリシア語が事実上の共通語で、キリスト教はまず彼らから浸透していったと書かれていたような気がする。言語が思想を規定する好例といえるだろうか?

殉教 日本人は何を信仰したか? (光文社新書) 山本博文 光文社 2014/07/04

殉教?日本人は何を信仰したか? (光文社新書) - はてなキーワード

 

 長崎市日本二十六聖人記念館という施設がある。船越保武の彫刻で有名なこの施設は1597年に殉教したキリシタンを記念するものである。この殉教者は1862年バチカンによって聖人と認定され、キリスト教徒にとっては悲劇的な事件として認識されているのだろう。この施設の訪問者も外国人が多いように思った。本書は次のような言葉で始まる。「現在の日本人の殉教のイメージを決定づけたのは、遠藤周作氏(1923-96)の名著『沈黙』であると言っても過言ではないだろう。キリスト教徒だった遠藤氏の殉教感は、日本に来て棄教した宣教師を主人公に据え、殉教者を救うことができない『神の無力』ということを強調しているため、カトリック教会からは異端の目で見られたが、現代の日本人には理解しやすいものだった。」(20ページ)そして、最終的には「最後に、遠藤氏の描くロドリゴがはたして実在する人物たりえているのかという点についても付け加えておこう。宣教師にとって殉教は望ましいものであり、それは信者が殉教するのを見ても同様だった。(中略)信者や子供が殉教によって死ぬことを嘆くという発想は、宣教師であるロドリゴにあるはずはなかった。現代人である遠藤氏の描くロドリゴの発想は現代的であり、17世紀に生きた宣教師ではありえなかったと思う。」(251ページ)と結論づけられる。では、実際の日本殉教がどのようなものだったかというと「本書を構想したとき、筆者は、殉教に日本人の意志の強さや武士的エートスがが読み取れると思った。この考えは今でも間違っていないと思うが、史料を読み込むにつれて、日本人民衆の聖遺物信仰や殉教者に対する態度の変化が重要な論点として浮かび上がってきた。また、殉教者時代のヨーロッパの宣教師には、高潔さ、信仰の強さ、そして日本人の武士的エートス以上に強い意志力があったことも強調しておきたい。」(250ページ)
 連想したのはおかげ参りのような大衆的熱狂である。また、その一因として阿部謹也が「ハーメルンの笛吹き」で述べたような(少年十字軍)中世社会の持っていた強いストレスが考えられるかもしれない。日本殉教はヨーロッパ人にとっては遠い異国の話であったし、日本人にとってはコミュニティー外の特殊な人々のお話だった。これに現代的な意味づけを行い、生き生きとした人間像を与えているのは現代のキリスト教徒でありヒューマニズムだ、ということになるだろうか?随分、手前勝手な偶像化だが、それが宗教というものだろうか?

聖徳太子と日本人 大山誠一 風媒社 2001/05/25

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from 倭国の時代 岡田英弘 筑摩書房 2009/02/01 - いもづる読書日記

 

 聖徳太子厩戸王子といえば私たちの世代にとっては山岸涼子日出処の天子」である。あそこまで異形の人物を想像させるほど聖徳太子という存在は喚起的である。本書は聖徳太子という存在の真実と歴史装置としての機能に迫った良著であった。著者の主張ははっきりしている。「聖徳太子は実在の人物ではなく、720年に完成した『日本書紀』において、当時の権力者であった藤原不比等長屋王らと唐から帰国した道慈らが創造した人物像であること。その目的は、大宝律令で一応完成した律令国家の主宰者である天皇のモデルとして、中国的天子像を描くことであったこと。その後さらに、天平年間の疫病流行という危機の中で、光明皇后が、行信の助言により、聖徳太子の加護を求めて、法隆寺にある様々な聖徳太子関係資料を作って聖徳太子信仰を完成させたこと。そして、鑑真や最澄が、その聖徳太子信仰を利用し、増幅させていった」(あとがき、236ページ)。日本書紀が創られた時代の100年前に生きた理想的な人物を創出したらこれが非常に上手くはまった、ということだ。
 では、飛鳥時代の日本の実像はどうだったのか。日本書紀の作為を排除すると、文献は少なく難しいのだろうが、本書の次の指摘は興味深い。「『隋書』によると、600年に派遣された遣隋使は、当時の日本の政治・文化の状況を次のように伝えているのである。(中略)このときの使者が、倭王を『姓は阿毎、字は多利思比孤、阿輩雞弥と号す』と称した(中略)中国風などまったく意識せず、日本語で自己流に名乗ったのである。(中略)むしろ、そういう国際関係の常識を敢えて無視したということではないだろうか。私は、ここに当時の日本人の、一種の矜持というか自尊心の様なものがあったのではないかと思う。」(21ページ)。
 日本は渡来人が作った国という意見がある。しかし、中国風の秩序に属しない独自の文化を飛鳥時代の日本人が持っていたことは確かなようである。どちらかといえば聖徳太子は秩序の側の人間として想像されたようで、さらに遡るには別な補助線が必要なのかもしれない。

インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け 中島岳志 新潮社 2006/07/22

インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け - はてなキーワード

from 愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか (集英社新書) 中島岳志, 島薗進 集英社 2016/02/1 - いもづる読書日記

 保守派の思想家として著名な中島氏は、大阪外語大学でヒンディー語を専攻したインドの専門家として出発されたらしい。本書で活写される現代のインドは、ライトなインド映画ファンの私にとっても随分新鮮である。日本と変わらないショッピングセンターが若年中間層の人気を集め、欧米経由の新興宗教やスピリチュアルな健康法が流行する(第2章)。ヒンドゥーナショナリズムムスリムとの軋轢を生み、漠然とした「母なるインド」のイメージが大衆を惹きつける(第1章)。伝統的な文化が解体され近代化が強要される過程で、書割にされたような疑似伝統的価値観やナショナリズムが跋扈する様子は日本と似ているようでもあるが、かの国は数百倍もエネルギッシュ。
 第3章では数ページを費やして映画「スワデース」が紹介されている。同じ映画を音楽評論家のサラーム・海上氏も紹介されていた。それから、93ページにはアイシュワリヤ・ラーイ・バッチャンが紹介されているが、彼女は「ぽっちゃりした女性」なのか、「スリムな女性」なのか?