聖徳太子と日本人 大山誠一 風媒社 2001/05/25

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from 倭国の時代 岡田英弘 筑摩書房 2009/02/01 - いもづる読書日記

 

 聖徳太子厩戸王子といえば私たちの世代にとっては山岸涼子日出処の天子」である。あそこまで異形の人物を想像させるほど聖徳太子という存在は喚起的である。本書は聖徳太子という存在の真実と歴史装置としての機能に迫った良著であった。著者の主張ははっきりしている。「聖徳太子は実在の人物ではなく、720年に完成した『日本書紀』において、当時の権力者であった藤原不比等長屋王らと唐から帰国した道慈らが創造した人物像であること。その目的は、大宝律令で一応完成した律令国家の主宰者である天皇のモデルとして、中国的天子像を描くことであったこと。その後さらに、天平年間の疫病流行という危機の中で、光明皇后が、行信の助言により、聖徳太子の加護を求めて、法隆寺にある様々な聖徳太子関係資料を作って聖徳太子信仰を完成させたこと。そして、鑑真や最澄が、その聖徳太子信仰を利用し、増幅させていった」(あとがき、236ページ)。日本書紀が創られた時代の100年前に生きた理想的な人物を創出したらこれが非常に上手くはまった、ということだ。
 では、飛鳥時代の日本の実像はどうだったのか。日本書紀の作為を排除すると、文献は少なく難しいのだろうが、本書の次の指摘は興味深い。「『隋書』によると、600年に派遣された遣隋使は、当時の日本の政治・文化の状況を次のように伝えているのである。(中略)このときの使者が、倭王を『姓は阿毎、字は多利思比孤、阿輩雞弥と号す』と称した(中略)中国風などまったく意識せず、日本語で自己流に名乗ったのである。(中略)むしろ、そういう国際関係の常識を敢えて無視したということではないだろうか。私は、ここに当時の日本人の、一種の矜持というか自尊心の様なものがあったのではないかと思う。」(21ページ)。
 日本は渡来人が作った国という意見がある。しかし、中国風の秩序に属しない独自の文化を飛鳥時代の日本人が持っていたことは確かなようである。どちらかといえば聖徳太子は秩序の側の人間として想像されたようで、さらに遡るには別な補助線が必要なのかもしれない。

インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け 中島岳志 新潮社 2006/07/22

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from 愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか (集英社新書) 中島岳志, 島薗進 集英社 2016/02/1 - いもづる読書日記

 保守派の思想家として著名な中島氏は、大阪外語大学でヒンディー語を専攻したインドの専門家として出発されたらしい。本書で活写される現代のインドは、ライトなインド映画ファンの私にとっても随分新鮮である。日本と変わらないショッピングセンターが若年中間層の人気を集め、欧米経由の新興宗教やスピリチュアルな健康法が流行する(第2章)。ヒンドゥーナショナリズムムスリムとの軋轢を生み、漠然とした「母なるインド」のイメージが大衆を惹きつける(第1章)。伝統的な文化が解体され近代化が強要される過程で、書割にされたような疑似伝統的価値観やナショナリズムが跋扈する様子は日本と似ているようでもあるが、かの国は数百倍もエネルギッシュ。
 第3章では数ページを費やして映画「スワデース」が紹介されている。同じ映画を音楽評論家のサラーム・海上氏も紹介されていた。それから、93ページにはアイシュワリヤ・ラーイ・バッチャンが紹介されているが、彼女は「ぽっちゃりした女性」なのか、「スリムな女性」なのか?

棋士とAI――アルファ碁から始まった未来 (岩波新書) 王銘琬(おうめいえん) 岩波書店 2018/01/20 人間の未来 AIの未来 山中伸弥, 羽生善治 講談社 2018/02/09

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from 誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性 (光文社新書) 田中潤, 松本健太郎 光文社 2018/02/15 - いもづる読書日記

人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質 山本一成 ダイヤモンド社 2017/05/11 - いもづる読書日記

 「人間の未来~」はAIへの興味から読んだが、山中伸弥の率直さにも感銘を受けた。「研究費100万円では一か月分にも足りない(大意)」(176ページ)には暗たんとしてしまった。
 どうも囲碁AIと将棋AIは違うらしい。「棋士とAI」は最前線にいる囲碁AIの現状報告として興味深い。深層学習で発展した囲碁AIが教師付き学習から教師なしの自動学習へと進んでいる。アルファ碁→マスター→アルファ碁ゼロへの道筋も示され、こうしてあとづけられるとよくわかる。囲碁AIはGoogleを代表とする大企業によって担われ、国際的な注目を集めた大プロジェクトだったのに対し、将棋AIはオープンソース化によるボランティアの集合知と、バックグラウンドが全く異なるのも面白い。囲碁や将棋のような勝ち負けというはっきりした結果がある問題はAI向きということは言えるだろう。その他の問題に対してAIが適用するときには、「評価関数」の設定が重要となるだろう。
 「人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?」でも触れたが、AIはブラックボックス化し、人間はその出力を検証することができない、できなくなるはずである。しかし、将棋でも囲碁でも「AIの手」の評価は喧しい。これは過渡期の現象なのだろうか?少なくとも「問題」の設定は人間が行うはずだ。安易なディストピア小説みたいにならずに、AIとの付き合い方を考えて行かなくてはならない。シンギュラリティ云々で騒ぐのは意味がないと思う。

愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか (集英社新書) 中島岳志, 島薗進 集英社 2016/02/1

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 政治学者と宗教学者による戦前全体主義への諸宗教の寄与に関する対話。非常に示唆が多く納得できる内容だった。下記に目次を示す。
1戦前ナショナリズムはなぜ全体主義に向かったのか
親鸞主義者の愛国と言論弾圧
3なぜ日蓮主義者が世界統一をめざしたのか
国家神道に呑み込まれた戦前の諸宗教
ユートピア主義がもたらす近代科学と社会の暴走
現代社会の政治空間と宗教ナショナリズム
7愛国と信仰の暴走を回避するために
全体主義はよみがえるのか
 ここでユートピア主義とは天皇親政による正しい社会のことであり、これが「君側の奸」によって障害されているという現状認識である。「君側の奸」の賢しらさが親鸞による「自力」の否定に結びつく。日蓮主義は積極的な社会改革を希求し動乱の原動力になって行く。教育勅語を代表とする国体教育は想像以上の効果を持ち、「1920年代あたりから『顕教』すなわち国家神道を掲げる『下からのナショナリズム』や、その影響を受けた軍部や衆議院の発言力が強くなり、『密教』(西欧並みの立憲君主制のこと、引用者註)の作動を困難にしてしまった。」(131ページ)。なるほどと思うが、川俣事件(足尾鉱毒事件、1900年)から大逆事件(1910年)に至る締め付けの歴史はどうなるんだ?と思う。
 中島の保守思想は次の発現で良く表現される。「本来、保守の思想というのは、単なる現状肯定も、理性を過信した設計主義も退けます。人間は不完全な存在ですから、誤ることもある。だからこそ、長年かけて作り上げられてきた良識や慣習を大切にしながら、変えられる部分から漸進的に変えていきましょうと考えるわけです。」(257ページ)でも、ネトウヨの跋扈は保守思想が生んだものじゃないの?それとも硬直化した左翼による言論封殺がいけなかったの?こうした、手近な「君側の奸」を探すアチチュードがいけないの?

差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100) 辛淑玉, 野中広務 角川グループパブリッシング 2009/06/10

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from 拉致と日本人 蓮池透, 辛淑玉 岩波書店 2017/06/28 - いもづる読書日記

 

 1/26に亡くなった野中広務辛淑玉の対談。対談の間に辛淑玉の文章がはさまる「拉致と日本人」と同じような構成だが、辛淑玉の対決姿勢、肩に力が入った感じはこちらの方がずっと強い。出版時点で野中は84歳、政界引退から6年、よくこんな対談をうけたものだと思う。
 野中広務の部落差別に対するスタンスは、自らの出自を明らかにしたうえでの「革新」の偽善性批判で、これは非常に有効だった。「1982年3月3日、水平社創立60周年の記念集会で、野中広務副知事は以下のようにコメントした。『全水創立から60年ののち、部落解放のための集会をひからなければならない今日の悲しい現実を、行政の一端をあずかる一人として心からお詫びします。私事ですが、私も部落に生まれた一人であります。私は部落民をダシにして利権あさりをしてみたり、あるいはそれによって政党の組織拡大の手段に使う人を憎みます。そういう活動を続けてるかぎり、部落解放は閉ざされ、差別の再生産がくりかえされていくのであります。』」(102ページ)本書の対談ではいかに血の通った政治を目指したかが語られる。vulnerableな部分に対する感受性の強さと発言の率直さが印象的だった。

「風と共に去りぬ」のアメリカ―南部と人種問題 (岩波新書) 青木冨貴子 岩波書店 1996/04/22

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from 昭和天皇とワシントンを結んだ男―「パケナム日記」が語る日本占領 青木冨貴子 新潮社 2011/05 - いもづる読書日記

to GHQと戦った女 沢田美喜 (新潮文庫) - はてなキーワード

 「昭和天皇とワシントンを結んだ男」の青木冨貴子さんの旧著。何割黒人の血が入ったら黒人かという話が出てくるが、ハリー王子とメーガン・マークルさんの結婚式(2018/5/19)を見ながら、印象深く思った。
 

日本海軍はなぜ滅び、海上自衛隊はなぜ蘇ったのか 是本信義 幻冬舎 2005/10

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From 海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略 ジェイムズスタヴリディス 早川書房 2017/09/07 - いもづる読書日記

永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」 (文春新書) 早坂隆 文藝春秋 2015/06/19 - いもづる読書日記

TO 逆説の軍事論 - はてなキーワード

 

 陸軍と海軍というのは違う目的を持った組織なのかもしれない。陸は生活の場だが多くの人にとって海は異界だ。海軍はシーレーンの確保が第一目的で、そのパワーをどう活かすかは政治の問題ということだろう。本書は旧海軍の問題点を指摘し、解体された海軍から海上自衛隊がどう再構成されていったかを語る。旧軍の悪弊を正し、米海軍の御指導の許、論理的で精緻な一級の海軍力を身に着けるに至ったかの成功物語?だ。
 というわけで、筆致はいかにも楽観的で批評に乏しい。「したがって、堂々たる軍隊の形をとってはいても、実際に運用する際の根拠となる法規の原点は、警察官職務執行法なのである。そして認められている権限は、『現行犯逮捕』と『正当防衛』、『緊急避難』の三つに過ぎない。(中略)確かに海上自衛隊は優れた防衛力を持っている。しかし法制上、それを使用する権限がなければ、文字どおり『宝の持ち腐れ』となってしまう。」(259ページ)正しい現状認識だろう。しかし、軍隊を正しく運営する方法を私たちは知らない。考えたこともない。自衛隊は警察官の延長で、いわば市民の延長であるのに過剰な武器を持たされた危険な存在と見ることもできるだろうし、宝の持ち腐れはすなわち単なる無駄遣いだ。自衛隊はおそらく米軍の一部であり、おもいやり予算同様我々が便宜供与しているに過ぎない。このため、私たちが軍事力の運営に必要な戦略、技術、法制度を欠いていてもさして問題にはならないわけだ。本書にも表れるように自衛隊の側にも自分たちが有事にのみ活用されるべき特殊な存在で、平時はあたかも存在しないように振舞うべきだという自制が欠けている。大日本帝国が罹患していた病理は軍隊の非論理性だけではなかった。議論があるべきだと思うのだが。