ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち J.D.ヴァンス 光文社 2017/03/15

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち - はてなキーワード

 

 ケンタッキーのヒルビリー(田舎者)だった祖父母を持ち、自らはオハイオのラストベルトで育った著者のメモワール。著者はここから脱出し、海兵隊に4年間従軍したのち、オハイオ州立大学、イェール大学のロースクールと出世し、現在は弁護士、投資会社社長。
 アパラチアと聞いて唯一思い出すのはカーター・ファミリーだ。なんとなくユートピア的なコミュニティを想像してしまうが、著者のケンタッキーの親戚たちはたいそうあくの強い開拓者の末裔だ。著者の祖父母はそこから脱出してオハイオで定職を得るが、"ヒルビリー"の彼らはなかなか地域社会に同化できない。また、家庭内暴力は遺伝病のように受け継がれ、特に著者の母親に悲劇的に現れてしまう。子供時代へのノスタルジアを基調とした湿り気のある文章は、やがて様々な矛盾を描き出す。本書はトランプブームの裏にあるラストベルトの白人労働者の複雑な感情を読み解くものとして関心を集めたらしいが、むしろ力点はヒルビリーにあり、オハイオ住民を代表するものとは言えないだろう。
 アメリカ人という特異な人々の実像はなかなか伝わってこない。アメリカの田舎には公正で誇り高い市民がいてそれがアメリカ社会の基盤をなしていると思うが、それがなぜここまでストレスの強い、未来の見えない社会を作ってしまうのかわからない。本書はとっかかりのひとつになるかもしれない。著者は自己抑制のたりないエスニシティに原因をもとめているようにも捉えられるが、どうなんだろう?民主党支持だった著者の祖父は一度だけ共和党の候補者、ロナルド・レーガンに投票したそうだ。「レーガンがそんなに好きだったわけじゃない。モンデールの野郎が大嫌いだったんだ。」(85ページ)。北部のとりつくろった人間に対する不信感。現在の著者はどちら側にいるのか(笑)。