ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2 ブレイディみかこ著 新潮社 2021/09/16

ブレイディみかこ 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』 | 新潮社

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僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー ブレイディみかこ著 新潮社 2019年6月21日 - いもづる読書日記

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北アイルランド紛争の歴史 / 堀越 智【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア


第10章「ゆくディケイド、くるディケイド」に出てくるポーグスとカースティ・マッコールの「ニューヨークの夢」、たまたま、ポーグスの中心人物であるシェイン・マガウアンの映画「シェイン 世界が愛する厄介者のうた(原題 Crock of Gold)」を見ていたので印象的に思った。この章だけでなく、本書のテーマともいえそうなポリティカル・コレクトネス(PC)だが、著者はこのようにいっている。「数年前まで、あるいはほんの1年前までは何も考えずに人々に使われていた表現が、問題視される。そこで様々な意見が交わされてこの表現はもう使わないことにしようということになったが、やっぱり禁止は行き過ぎだろうというところに落ち着く。(中略)PCは、誰かが独善的に決めることではなく、長い議論と歴史の積み重ねによって変わっていくものなのだ。」(183ページ)
上記の映画はPCなどどこ吹く風とばかりに過激な表現が吹き荒れる。シン・フェイン党の党首だったジェリー・アダムズがインタビュアーとして登場するくらいなので、IRAへのシンパシーは隠すべくもない。もちろん、北アイルランド紛争の時代に戻りたいと考える者は誰もいないので、「長い議論と歴史の積み重ね」による和平の尊重は前提としてのシンパシーということだろう。勉強が必要だなと思った次第だ。PCやコンプライアンスはお題目や無難なプロトコルではなく、当事者間の議論と調整に基づくリアルなものでなくてはならない。今更ながらエンパシーの重要性を思った。