倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア -河内春人 著|中公新書|中央公論新社
FROM
雄略天皇の古代史 平林章仁 志学社選書 2021年6月30日 - いもづる読書日記
宋に朝貢した倭の五王(讃、珍、済、興、武)について述べた本。古事記、日本書紀を「脇に置いて」論じるというコンセプトで書かれたとのこと。
「ここまで名前あるいは系譜から倭の五王の実体について迫ることはきわめて難しいことを説明してきた。そもそも『宋書』倭国伝と記・紀をすり合わせること自体、あまり生産的な作業とは思えない。(中略)序章で見たように、考古学の知見では、五世紀の段階で複数の有力な王族集団が存在していたことが判明している。百舌鳥古墳群と古市古墳群を比較すると、大王墓とそれ以外の王族集団の古墳の間に隔絶した差はないように見える。すなわち、この時期の倭王権は複数の王族集団によって構成されていた。また、両方の集団が並存しながら大王が現れているということは、相互の関係は大王を出した集団が圧倒的優位に立つようなものではなかったことを示唆している。一方で、『宋書』倭国伝の記述では、倭の五王について讃・珍と済・興・武は系譜的に別の集団と考えられる。(中略)六世紀初頭に継体天皇は近江・越前から河内・大和に乗り込んで王位を継承しており、そのグループは五世紀にも一定程度の勢力を保持していたと見なして良いだろう。」(193ページ)
武をワカタケル=雄略天皇と看做すことにも明確に疑義があらわされており、興味深い。「『武』をタケル(タケ)と読むのは訓読みである。武=タケルとすれば、五世紀後半の列島社会で漢字の訓読みが定着していたことになる。(中略)もし『武』をタケルと読むならば、現在知られている訓読みの成立を100年さかのぼらせなければならない」(184ページ)