アルツハイマー病研究、失敗の構造 カール・ヘラップ みすず書房 2023年8月10日

アルツハイマー病研究、失敗の構造 | みすず書房

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老化とは何か 今堀和友著 岩波新書新赤版297 1993/09/20 - いもづる読書日記

メンター・チェーン ノーベル賞科学者の師弟の絆 ロバート・カニーゲル 工作舎 2020.12 - いもづる読書日記

抗うつ薬の功罪 | みすず書房

治療薬の厚労省認可で話題になっているアルツハイマー病について、その研究・開発の問題点を述べた本。いわゆるアミロイドカスケード仮説がドグマとなって、他の研究の発展を妨げた、抗アミロイド薬にのみ薬剤開発のリソースが割かれ結果として不十分な治療効果と強い副作用を持つ薬剤しか得られなかったと批判する。ポレミカルな本だが、著述はわかりやすく、訳文もよくこなれている。「メンター・チェーン」に匹敵する面白さだった。引用文献も過不足なく配され、やる気になれば著者の主張の根拠も参照できるようになっている。
原著は2021年MIT Pressから出ている。日本ではみすず書房から出ていることに注目したい。みすず書房は「抗うつ薬の功罪」という本も出版しているが、こうした批評性の強い本が、人文系の出版社から出ていることをよく考えてみなくてはならない。私見では、科学にも批評があって然るべきだし、そうした鋭利なジャーナリズムも必要。この本に対するつっこんだ書評なんかも期待される。
著者の主張の中で最も重要なのは、NINCDS-ADRD2011年基準が「前臨床アルツハイマー病」を導入したことではないだろうか。「『前臨床』と名づけたのは、脳内にプラークの生じている人(もしくは脳脊髄液に異常な量のアミロイドが確認される人)は健康ではないといいたいからだ。そういう人はすでにアルツハイマー病にかかっていて、ただ症状が現れていないだけだと説く。これは極めて巧みな柔術の技である。(中略)高齢者の三割はプラークが見られても脳機能は正常だというのに、この著者らの主張どおりならそういう人たちは『プラークができているだけの健常者』ではなくなる。『症状がないだけの病人』になる。」(216ページ)少なくとも、これはカルトの世界に似ている。アルツハイマー治療薬は、「疾患修飾薬」と呼ばれつつあるが、ドグマを成り立たせるための修辞法であることがわかる。そういえば少し前には「根本治療薬」が流行ったこともあったな。ところで、本書は一貫して「プラーク」を用いているが、「老人斑」との語感の違いを意識しているのであれば、これもなかなか戦略的である。