橋本治 『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』 | 新潮社
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『双調平家物語ノート(1) 権力の日本人』(橋本 治)|講談社BOOK倶楽部
昨年亡くなった橋本治。自分の同時代文学は「桃尻娘」と「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」から始まったと思うが、そのわりに、その後の橋本治を知らないのでとりあえずこの小林秀雄賞受賞作を読んでみた。独特の視点による数多くの箴言が散りばめらた本書の、それでももっとも印象的だったのはあとがきの下記の言葉である。「『戦後』という時代は、ろくな始まり方の出来なかった時代なのである。そこで時代は混乱していて、それを承知していながら、まともな一歩を踏み出すことができなかった。戦後二十五年が過ぎた三島由紀夫の死は、ためらいの末に得られた不十分な一歩の上にあった。だったら、そんな『戦後』は捨ててしまえばいいのである。『戦後』は、始まらぬままに終わってしまった。二十世紀後半の日本の思想の沈滞はそこに原因していると、私は思う。(中略)だから、『終わった』の言葉を『始まった』に置き換えればよいのである。(中略)『そうか、”ああ、終わった”じゃなくて、”さァ、始めるか”なのか』と思って、私はようやくこの一冊を終えられる。」(381ページ)戦後が終わったとして、何を始めればよいのだろうか?日本という国のアイデンティティか?