蘇我氏の古代 (岩波新書)吉村武彦 岩波書店 2015/12/19

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蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書) 倉本一宏 中央公論新社 2015/12/18 - いもづる読書日記

 「蘇我氏 ― 古代豪族の興亡」と重なるところが多く、両書の比較は私の手にはあまる。面白かったのは、この時代の氏名は出身地にかかわるものと職能にかかわるものがあった。「中臣」は職能、「藤原」は地名だったので、賜姓によって鎌足不比等親子は「氏が担う職能とは無関係に、人生を切り拓くことができるようになった」(209ページ)という指摘である。中臣家の傍流であった親子の独立も意味した。不比等は持統朝以降政権のフィクサーとして暗躍し(?)、記紀に象徴される皇統の正当性をでっちあげて行く(私見です)。

分かちあう心の進化 (岩波科学ライブラリー) 松沢哲郎 岩波書店

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サル学の現在 - はてなキーワード

 あの有名なチンパンジー、アイちゃんの研究をされた方。今西錦二流のサル学ではなく、心理学をベースとした、ヒトと他の動物の認知を比較する「比較認知心理学」を研究してこられた。とはいえ、京大山岳部のご出身でもあるようなので、このへんの伝統は根強い。「チンパンジー研究を通じて、自分なりに感得した4つの仮説があります。『人間の進化の過程で4つの手から2本の足ができた』、『あかんぼうのとるあおむけの姿勢が人間を進化させた』、『チンパンジー流の教えない教育・見習う学習』、『瞬間記憶と言語のトレードオフ仮説』です。」(205ページ)それぞれとても興味深いが4つ目の点だけ紹介する。コンピュータ画面に表示される数字を瞬時におぼえる課題では、チンパンジーが人間より優れた能力を示す。著者は人間が言語を獲得することで瞬間記憶能力を手放したと考える。ここからは私見だけど、視覚と聴覚の統合による内部イメージの形成が人間の抽象化能力の源泉だと思う。目や耳の形を見ると、視覚、聴覚の入力はサルもヒトもかわらないと思うが、チンパンジーには内部イメージがないのだろうか。本書は、情報を言語的に分節化することがヒトとチンパンジーをわけていると読めるが、内部イメージを参照することが、ヒトの情報処理が時間がかかることの本質ではないだろうか。(検証するためにはどんな実験をすればいいの?)

未完の西郷隆盛: 日本人はなぜ論じ続けるのか (新潮選書) 先崎彰容 新潮社 2017/12/22

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文学と非文学の倫理 吉本隆明;江藤淳 中央公論新社 2011/10/22 - いもづる読書日記

 話題の本だし「西郷どん」も終わったことだし、ちょっと読んでみましたという程度だったが、有用だった。長くなるが終章から引用する。「西郷隆盛を手がかりに、日本の『近代』を問い直した五人の思想家を俯瞰してきた。(中略)福沢諭吉は『情報革命』により、人びとが不確かな情報に翻弄され、極端な善悪二元論へと傾いていく危険性こそ近代の病理と考え、その象徴を西郷と西南戦争の敗北に見いだした。中江兆民は『経済的自由放任主義』が社会の紐帯をおびやかし、日本人から政治的自由を奪っていく状況を近代特有の現象ととらえた。(中略)大アジア主義者の頭山満は、『有事専制』が天皇から包容力を奪い、人民の意見が広く容れられる理想の政体の実現を妨げていると明治新政府を鋭く批判した。こうした閉塞感を打破してくれる象徴的存在として西郷を祭り上げたが、最終的には、自身の配下からテロリズムへ駆りたてられる狂気も生みもした。橋川文三もまた、明治新政府が作りあげた『天皇制』が日本人に閉塞感をあたえているとし、それを超克する道を西郷の南島体験に模索しようと試みた。そして最後に江藤淳は、アメリカを筆頭とする西洋の普遍的価値が、日本人から言葉を奪い、日本を全的滅亡へと導くことが近代であった、と喝破したのであった。」(239ページ)

 大日本帝国軍は死に憑りつかれていたとしか思えない。江藤淳はニ・ニ六事件が西郷挙兵の瞬間から国軍の構造に潜伏していた、敗北と滅亡に憧れる軍隊だったと考えた。西郷は島津斉彬への忠誠心を天皇へのそれに置き換えることで生き延びようとしたが、これは日本近代の集団催眠術でもあったのか。正月の一般参賀今上天皇スマホを向ける善男、善女を見て、天皇制のパターナリズムが命脈を保っているのか、判断に迷った。

食肉の帝王―巨富をつかんだ男 浅田満 溝口敦 講談社 2003/05

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路地の子 上原善広 新潮社 2017/06/16 - いもづる読書日記

薬物とセックス (新潮新書) 溝口敦 新潮社 2016/12/15 - いもづる読書日記

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サカナとヤクザ: 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う - はてなキーワード

 「路地の子」の参考書として読んだ。まあ、あちらは文学、こちらはリアルということなのだろう。きちんと取材したと繰り返し述べられているのは、やたらな事は云えないという緊張感のなせる業か。浅田満の実像は、意外に次の太田房江大阪府知事による要約があたっているのではないか、と思った。「やはり牛肉の自由化をやられた方だと聞いてますし、特に羽曳野において、と畜から加工までを一貫体制にして、付加価値を上げていくというか、経営を合理化して、安定化していく。一言でいえば食肉産業の振興ということでリーダーシップを発揮された方という認識は(中略)持っていました。」(101ページ)。

GHQと戦った女 沢田美喜 青木冨貴子 新潮社 2015/07/17

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「風と共に去りぬ」のアメリカ―南部と人種問題 (岩波新書) 青木冨貴子 岩波書店 1996/04/22 - いもづる読書日記

昭和天皇とワシントンを結んだ男―「パケナム日記」が語る日本占領 青木冨貴子 新潮社 2011/05 - いもづる読書日記

 占領期に米兵と日本人女性の間に生まれ、孤児となった子供を育てる「エリザベス・サンダース・ホーム」を創った沢田美喜の評伝。三菱財閥の娘に生まれ、外交官である沢田廉三と結婚した後は夫の任地で交友を広め(パール・バック、ジョセフィン・ベーカー!)、培った国際感覚と語学力、岩崎彌太郎ゆずりの頑固さで進駐軍とわたりあった。「ホーム」は美談だけではなく、GHQ財閥解体方針への抵抗という側面もあったようだし、接収された麹町「サワダ・ハウス」はGHQの情報組織が入ったこともあり、美喜や廉三が果たした役割に様々な憶測があるようだが、本当のところはよくわからない。多くの人のインタビューし、米公文書館で調査もしたとのことだが、まあ、隔靴掻痒の感は免れない。
 女傑と呼べる人間がいたことは間違いなかろうが、身近な人間にはより大きく見えるものだ。美喜は私の祖父の2歳年長ということになるが、そうした一族の伝説のようなものが昔はあったように思う。階級性が、武士社会の残り香があった時代ゆえだろうか。土佐のいごっそうが「異骨相」であることは初めて知った。

薬物とセックス (新潮新書) 溝口敦 新潮社 2016/12/15

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TO 食肉の帝王―巨富をつかんだ男 浅田満 - はてなキーワード

 

 題名はスキャンダラスで、内容も十分に週刊誌的だが、取材の行き届いたちゃんとしたところはちゃんとした本。第3章「薬物の闇ビジネスはどうなっているか?」には乱用薬物の種類・作用という表が掲げられ、中枢薬理学を学びたい人にも有用。MDMAやTHCが目新しいところだが、従来の薬物のスペクトルを超えるものではないことが解る。
 人間はケミカルマシーンだという議論が以前はあったが、少なくとも脊椎動物より高等な生物は同じような神経伝達システムを持っているのだから、薬物依存はやはり肥大した脳による内部イメージを持ってしまったことの副作用だと捉えるほうが正しいのではないだろうか。性行為は本能でやっているのではないのだよという岸田秀的な結論に、この件については走りたい衝動に---、私を駆り立てているのは何?

タイワニーズ 故郷喪失者の物語 野嶋剛 小学館 2018/06/08

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銀輪の巨人 野嶋 剛 東洋経済新報社 2012/6/1 - いもづる読書日記

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台湾とは何か (ちくま新書) - はてなキーワード

 

 台湾は元々住んでいる人々(内省人)と大陸からやってきた国民党関係者(外省人)がおり、中華人民共和国との関係を含めて様々な政治的な立場がある。内省人も一枚岩ではなく、台湾に定住した時期やエスニシティに応じて一概には語れない。本書は日本で活躍する/した台湾出身者(タイワニーズ)を紹介することで、複雑な台湾社会を映し出そうとしたもの。
 11人の登場人物のうち、陳舜臣の生涯が興味深かった。1924年に台湾出身の父の子として神戸に生まれる。1946年に台湾にわたり、1947年の二・二八事件に逢い、1949年に日本に戻る。想像もできない過酷な体験だっただろう。その後、作家となったが、上記国民党の民衆弾圧も題材としたため台湾にわたることはできなくなった。1973年に中華人民共和国籍を取得するが、1989年の天安門事件を公式に批判し同国籍を放棄。「陳舜臣は、一度は心を許しかけた中華人民共和国に対する急転直下の失望によって、3度目の『祖国喪失』を経験した、と言えるだろう。」(254ページ)「陳舜臣の口からは、国家や権力に対するシニカルな言葉は語られていない。それは、(中略)権力を否定することよりは、権力の生み出す物語に自らの執筆の意義を見出したのかもしれない。(中略)『勝ち負けより、負けた時に何をするかが大事だ。』」(259ページ)