蚕と戦争と日本語 欧米の日本理解はこうして始まった 小川誉子美著 ひつじ書房 2020/2/25

ひつじ書房 蚕と戦争と日本語 欧米の日本理解はこうして始まった 小川誉子美著

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アジアの中の日本―司馬遼太郎対話選集〈9〉 (文春文庫) 司馬遼太郎 文藝春秋 2006/11/01 - いもづる読書日記

非日本人による日本語学習の歴史。戦国時代の宣教師から、第二次大戦時の敵性国研究までが描かれる。書名にもなった蚕は、開国当時ヨーロッパで流行していた蚕の微粒子病への対策として、日本の蚕種と養蚕技術がもてはやされ、技術書が翻訳されていたことを表す。その後、日本は富国強兵策のもと、日露戦争でロシアに勝つまでになる。「この戦争(引用者注:日露戦争)は、白人優位の当時の社会で、アジアの黄色人種の国である日本がヨーロッパの白人の国であるロシアに挑んだ戦争であり、近代化の道を歩み始めたばかりの無名の『小国』が世界有数の大国に挑んだという文脈においてとらえられていた。これを好意的にとらえていたのは、ロシア帝国支配下にある地域や白人国家の圧政に苦しむ地域の人々であった。」(241ページ)
こうして、日本語への興味はエキゾチック趣味から、謎の東洋人の行動解析や軍事情報の入手へと目的を広げる。その中で「日本人とは何か」が語られていくが、本書の場合その内容まで踏み込んでは行かない。ドイツ・ライデン大学中国語・日本語教授であったヨハン・ヨゼフ・ホフマンはこのように書いている。「一般的性質から言えば、日本語と蒙古語・満州語とは、確かに同族関係にあると言える。しかし、日本語の発達という面から言うと、全く独自のものであり、のちに支那語との混和が行われたにもかかわらず、同じ状態を続けた。(中略)現在話されたり書かれたりしている日本語にあっては、二つの要素、すなわち本来の日本語と支那語がいつも交互に作用し、これに依って、両者混合の語になっている。日本語の研究にあっては、したがって、この二要素の識別が非常に大事になる。」(ホフマン「日本語文典」より、131ページ)あたかもソシュール言語学のサンプルのようだ。「いつも交互に作用」することが我々の自意識を形作っていると考えると興味深い。
本読書日記に関係書を探してみたのだが、近代史はポッカり穴が開いている。本書にも何度か出てくる司馬遼太郎におすがりするしかないか。